にわかダウリング

炸裂する自分語り。

ウマ娘にまたハマった話

umamusume.jp

ウマ娘は第一期アニメを見て面白かったので、ずっとゲームリリースを楽しみにしていた。
史実と少しリンクしているようなものって興味湧く。艦これ然り、FGO然り。
でもこれらにまつわるのは「史実に失礼だろ!」問題。
ウマ娘は、権利者に事後報告で企画、制作進行をしていたようで、当初いたウマ娘も消えたり。
まぁ仕方ないよね...もっとたくさんのウマ娘が出てくれたら楽しいけれど、しょうがない。
二次創作大好きおばさんとしては、艦これの未登場艦や刀剣乱舞の未登場刀のキャラクターを勝手に創作するのが楽しかったので、ウマ娘も一人で補完してたい。怒られないようにひっそりとやりたい。だめですか?そうですか...。
ゲームをプレイしてみた。まだ数日でのプレイだけれど、すごく気を遣った作り方になっているなぁと思った。
継承システムすごい。従来のスマホゲーにありがちな、ウマ娘が育成のための「消費」になってないのが、いいな、と思った。まぁ「移籍」と言うものはあるけど、私は抵抗感は特に無かった。よくあるじゃんね、スマホゲーでレアキャラを育成するために10蓮ガチャでレアじゃないキャラクターを合成にブッ込めばいいみたいなシステム。パズルゲー、クイズゲー、RPG...にその合成システムをぶっ込んでいるもんばかりになってたから、スマホゲーはFGOを最後に長らくやっていなかった。(雀魂はやってた)
話はそれるけれど、FGOサロメ出てたことを全く知らなかった。頭おかしいサロメお姉さん、個人的に好きなのですが、レア度が低いと認知度も低くなりそうで扱いも酷くなるだろうし、確かに失礼っちゃ失礼。(サロメは創作物の登場人物にあたるからまあ失礼もクソもない)


チケットを使って、オグリキャップを選んだ。オグリ育成するぞ〜〜〜、って思ったけど、結局継承させたいがために、みんな育成する。それが全ッ然、苦痛じゃない。ハルウララも育成したけど、本当になんかじんわりきた。(ようつべで解説みたりウィキ読む程度のにわかだから許して)とにかく、育成が全然苦痛じゃないんだ。みんなかわいいんだよモーションとか。
私はゲーム全般、あまりやらないタイプなんだけれど、全部作業に思えてしまうから。それに今時、ボイス聞きたいとかイベCG見たい、とかならグーグル先生や、ようつべのうpが叶えてくれるので...。お金も根気もないのでゲームやらないんですけれど、ウマ娘はあまりにかわいいので課金してしまいそう。
みんなかわいい。ゴルシが勝った時にドロップキックしてくるのはほんと笑った。ワンダーグラスちゃんの可愛さに目覚めた。ほんと可愛すぎる。
あと、ウイニングライブ?は?...の流れがネタになってて私もすごくなってたけど、正直、アプリのライブ映像すごくいい。最近のアイドルゲーとか全く知らないけど、CGとか光の効果、表現って今こんな進歩してるの?臨場感ほんとすごいよね。
あとねぇ、音楽もすごく最高。ライブの音楽も結構好きだし、ゲーム内音楽もすっごい元気出るやつ。ウマぴょい伝説のアレンジがいくつかあって、どれも好き。原曲を初めて聞いた時は、すげー電波曲って思ったけど、今は...いや、今でもなかなかの電波だわ。しかしこれが、お淑やかな管弦楽調だったり、跳ねるようなイージーリスニング調?になっていたり、ずっと聞いていたくなるアレンジ。

ゲームの難易度は、私のようなゲーム慣れしてない人間(ゲーム慣れしてるのは課金している、また、リセマラしているのを基準とする)でもちょうど良く楽しめているし、ビジュアルも音楽も最高...。あれ?これめっちゃよくない?

3月にはDMMでもリリースするんですね。スマホと連動機能があると言うことで、早速事前登録済ませました。放置要素とか増えたらちょっと嬉しいけど、多分それはないか。

ぐるぐる考えてしまう頭

人間関係に何かあると、すぐずっとぐるぐる考えてしまう。
その割には、自分が失敗してはいけない場面で失敗して人間関係を余計に悪化させてしまうようなことをしてしまう。それは、元々、人間関係の構築を諦めているから。何故諦めているか、というと私と言う価値観や立場を理解してもらえるわけが無いと思っているから。副業兼趣味はイラスト、好きなものは映画、音楽、本(主にクラシック)。私の身の回りの人で興味がある人はあんまりいない。

趣味についての断絶について考えてみる。
一度100分de名著にてディスタンクシオンについて取り上げられていて、非常に興味があった。

www.nhk.or.jp
今から語ることは、特にこれ通じているかはあんまり関係無いかもしれないかも。
最近、ジャンプ作品がかなり流行している。鬼滅ブーム、呪術廻戦、チェンソーマン。私は乗り切れないままでいて、むしろ分からない立場を利用して、話を聞き出す話法で会話をして乗り越えてきた。
ただ、そこに違和感を感じた。鬼滅見ていないと言う流行りに乗らない高尚な人間、もしくはアホ。そう言ったように見られているように感じた。特に自分よりも若い子たちと会話すると感じる。私より年上の人はあまりそう言った考えではないようだけれど。

流行りに乗ることはもはや、その人が社会人として必要な素養を備えているか、と言うところまで考えがきているのかな、と思いつつある。自分がその作品に対し面白い、面白くないと個別の感想を持てているか、また見た上でコミュニケーションをとる時にどう活用できるか、そう言った場面まできている。誰も彼も、「全集中」と言う言葉を使っては、ウケを狙ったり、職場の士気をあげたりしている。
友人同士の会話ならまだしも、これを政治界隈で発言されたことをニュースで取り上げたりしている。

世の中はきっとこの「鬼滅」を見ている友人を欲しているのでは。鬼滅をみる人間なら自分と社会に対する行動、好みなどを総じての価値観が同じだろうと確信できるから。元々作品が好きだった、作者のファンだった、と言う人もいるだろう。でも大体の人は、流行に乗って、自分が孤立をしないように読んでいるのだろうと思う。
別にそれでいい。それでいいんだけど。増長はしないとは思うのだけれど。

流行に乗るものの、そこから何か知見を得ることもなく、軽薄な自分を肯定する人間にはなりたくないな、とは思う。反知性主義に反するような言葉にはなるが。
別に反知性主義反知性主義のままでいい。むしろ反知性主義は、興味が無いことを「興味が無いです」と言えない人が多いのでは。大抵何か振られると「興味がない/知らない」と言えない人が多いような。なんとなく。
今までの大人は鬼滅のようなアニメでも鼻で笑いながら「知らない」と言ってきたのだと思う。中には、わざとらしく言い放ち、マウンティングをとったりとらなかったり。でも最近は、アニメやゲーム、ネット文化に馴染んできた人々が子どもを持つようになったので、そう言った風潮は消えつつある。でも、このアニメ、ゲーム、ネット文化の価値観がまた新たな断絶を生みつつある、と感じる。長くなるから、また今度。(多分そのままぶん投げる)

私人間個体として鬼滅を見ようが、呪術を見ようが、世間には馴染めないかな。でも呪術はちょっと面白いと思いました。

続きはない

こんばんは。宇多丸師匠の映画評論が好き。

評論の中で「何者」を見たいな、と思った。

私自身、就活は真面目にやれなかった。自己肯定感が低く、自分の良いところが全く分からなかった。それと希望するならば、イラストを仕事にしたい、と言う気持ちが強く、そのためにどうすればいいのか考えた時に、就活、それと正社員として働いていくことに意味が見出せなかった。でも世の中としては、正社員でないと目も当てられない、みたいな風潮があるので、渋々就活を進めた。
当時は未だにイラストの仕事をもらえるような技術は無く、同人活動でひっそりやるぐらいだったから、自分の力量はここまでなのかもしれない、と勝手に一線を引いて将来の希望も無く諦めのまま就活をした。

その後、正社員の傍、同人活動をしてイラストを目一杯量産していた。最初は何事もなかった。で、紆余曲折あり、無職になった。
退職してまだ時間が経ってない、その間に、イラスト仕事の契約はもらえた。ただ、本当にその仕事が回ってくるのか確証は無く、連絡が来るまでは死ぬほど焦った。前記事に書いたように無駄だと分かっていても、面接に臨んでみたり。

連絡が来てからは、ああ、やっぱり私にはこれしか無いのかもしれない、と少し思った。まだ、数をこなしていない状態ではあるので、判断つかないけれども。
この判断が付きにくい状態で、自分の自信と客観性を見抜くことができるような人こそ、自分の立場と折り合いを付けながら幸せに夢を達成できるのかもしれない。私も、就活をせずに非正規で多少なりとも会社が安定しているところに就職出来ていれば、私の人生はもう少し上向きだったのかもしれない。それは賭けとも言えることかもしれないけれど、本当に夢に向かって決心がついている人間だったら、こんなことは賭けでは全くなく、当たり前の道だと感じるのだろう。

社会から受ける視線と自分の判断への自信は難しい。だから現状維持をするために、何かを続け、波を見分けるスタイルしか取れないんだ。
多少は、社会に揉まれてきたので、自意識と言うのは薄れてきたと思う。なんといえばいいんだろう、この自意識と言うものを客観視している自分を客観視する、と言う意味で。なら、もう頑張ってなんとか今できそうなことをやっていくしかないな、と思った。

正解だった

togetter.com
最後に八方美人についての意見があるけど、以前いた会社でそれをやっていた。
好かれるように、気に入られるように動かないと、動いてくれない人間だらけだったから。会社で働いているのになんなの、と、腹が煮え繰り返るような気持ち抱えて働いて、あっという間にぼろぼろになった。辞めた。私もぼろぼろになったが、会社もぼろぼろ、残業代もつかなくなり、退職金も無くなって、余計ぼろぼろになった。辞めて正解だった。

本当に嫌だった。中間管理職は生涯無理だと思った。

女ばっかりの職場で正社員は私だけ。男性社員は無条件で好まれる。似たような業務(と言っても私は中間管理のような仕事が別であてがわれていた)をしてるくせに、ボーナスが出る生意気な若い女の私は敬遠された。発達障害の疑いがある私は、ぼろは出さないように、と思い仕事に集中し、黙って業務を淡々とこなした。けれどダメだった。


だめだ、気分が乗らない。ここで終わり。

発達障害のようなそうでないような

こんばんは。
いっつも愚痴のような内容ばかり書いていますが、今回も。
通して読んでみれば、人間性を疑われるような記事ばかり書いていますね。
一貫してひどいもんだ。

唐突ですが、実は昔から発達障害を疑っています。高校の時に、自分は何か他人と感覚が違う、と思い、通院を始めて見た経験があります。その時は、偏頭痛が本当に酷い、鬱気味のコミュ障として適当にあしらわれました。その数年後に、発達障害という言葉が世に馴染んできたので、再度社会人になってから検査を受けました...が、それ以来結果を取りに行かなかった、というオチです。今保管されているのかな、すごく悩んでいます。通院にお金がかかるので、嫌ですよね。そういえば、私、今保険証持ってねぇや、コロナにかかったらやべーじゃん。

で、どうして発達障害か疑っているか、というと

  • キレやすい
    これは社会人になって判明したこと。かなりキレやすい。認知の歪みも相まってすぐキレます。でも頑張って、ニコニコしたり、押さえ込んでいるんですけど、ダメみたい。人がいないところで思い出しては一人でキレてる。
  • 過集中
    イラストとか描いていると、寝食無くてもずっと描いていられる。その割にはセンスも無く、こだわりが強すぎるせいで作業が全く進まないので意味ない。業務では、なかなか周囲が見えづらく、協調性が欠けているように思われる。
  • ボケが酷い
    仕事なんかはもう無意識で処理しているので、ミスが出た時に、どこでミスしたかすら覚えていない。また、自分の行動を覚えていない。プライベートでも何をしようとしていたのかすぐ忘れる。(これはどのひとにもあるかもしれないけど)
  • 人生をコントロール出来ない
    全部気分で生きている。何をすべきかも、結局は自分の気の向くまま。衝動性が酷いので思いついたことを、後先考えずにやってしまう。

こんな感じかな。発達障害の人なら多分誰でもある症状。これに人間不信がセットなので、本当に社会生活を送ることなんて出来ない。努力でどうなるか、と言えば、気分で考えてしまうので、長期的に変えていくことが出来ない。努力万能論は社会を利益化したいだけの具体性のない論理だよね。
ただ最近は直すべき部分があれば、少しずつ、実行は出来なくても意識することを忘れない、という考えに移行しつつあるので、社会人生活で症状が緩和されてきたのかな、と思う。社会人生活すごい。でも、私がこれを続けていたら、多分能力のなさと不快感を天秤にかけた時、不快感が勝るので、それから逃れたいと感じた時に、何をしでかすかわからない。

自分で思うのだけれど、変な話、昔のキレる17歳に相当するようなクズっぷりがあると実感している。まだ、何もしでかしてないのが本当に奇跡と思う。

どうしてこんなにキレてしまうのか。
それは、相手が私のことを悪く考え、陥れるために接触してきている、と感じているから。
例えば、仕事でミスをする。それを注意してくる人がいる。その人の表情や仕草で、「ああ、こいつは私に対して優越感に浸りたいからこういうことを言うんだ」「ああ、こいつは、私のことを思って叱っているわけではないな」「ああ、こいつは私より学歴が低くて無様だからマウンティングしたいんだ」「下手くそな説明しやがって」「こちらの疑問点に真摯に答えろよ」その人の人間関係もすぐに頭によぎりながら、さまざまなことを瞬時で感じたり思ったりして、内心キレながら返事をする。またその時にも、反抗精神なのか、私をちゃんと叱らない相手に不快感を少しでも感じてもらいたい、と思いぶっきらぼうに返事をしたり、またある時は睨め付けながら黙り込んだりする。これは本当に酷いわ。
ただ、ミスした点だけを淡々と説明してくれたり、作業内容を説明してくれたりする人には何も思わない。迷惑をかけているのはこちらなのに、そうやって要点だけシンプルに述べてくれるような人は稀なのかもしれない。
こう書くと、自分が傷つきやすくプライドが高い、と言う点は前述したキレる17歳といった人々と同じ特徴を持っているようだ。

人間は20歳までの性格で生きていく、また20代中頃以降は、親と似てくるとも言われる。そうなれば、私は今後自分を変えることが出来ない、と隅で思いながらも社会で生きていくのに変わることができるよう努力しなければ、と思いながらそのまま実らず、生きていくんだろう。だとすれば、環境を変えるしかない。ただ、そうやって考えた末の人生は、一般論で言えば惨めで不幸な人生だ。どうしよう。本当に。

某県に引っ越してきて早く出ていきたい

某県、とはとある田舎の県のこと。地方名も言わない。

私はもともと、ここの県の人間ではなかった。引っ越してきた時は少し大きくなった時。高校生ぐらいかな。その時から、本っ当にここから出ていきたくでしょうがなかった。
家の事情なり、頭の足りなさなどから、ずっと縛り付けられて生きているけれども。
あーあ、大学や就職ぐらい頑張ってさ、親の意見もなりふり構わず出てけばよかった。

まぁそれはともかく。
ここに来てびっくりした文化は、「小銭を出してもらう」こと。

昔、レジ会計で友達に「小銭ない〜?」と言われてなんのことかと思えば、手持ちに無い小銭を私に求めていた。これはここの地域で珍しくないみたいで、アルバイトをしてた時にはどの年代の人もこれをやっていた。夫婦間や親族ならわからないこともない...のかな。
そもそも、小銭を出してもらう、というのは普通なのか?どこでもやっているのか、謎の風習だ。検索の仕方が悪いのかもしれないけれど、「小銭 出してもらう」で検索しても出てこない。元の住んでいた地域ではこんなこと一回もしたことが無くて、すごく「図々しいな」と、引いた。出さなきゃ「ケチ」。出せば「財布。」こういうことだろうか。いや、でもちりも積もれば嫌な金額だろそれは。
そもそも常識人なら、端数がいくらであれ、恥ずかしくてそんなこと出来ないと思うんだけど。というか相手にいくらでもちょっと申し訳ない、と思うんだけど、その「相手に申し訳ない」、という概念すら無いよう。まるで友人関係はジャイアニズム

あと、ここの人達が使う「真面目」という言葉に違和感を感じる。
仕事においても「毎日出勤して通常業務をこなす」ことを「真面目」というらしい。毒にも薬にもならない。毒になられるのも困るけれども。いや、それは「真面目」だろうけど...真面目だけどさ、当たり前のことでは。なのに、「最低賃金がどーたらこーたら」と難癖をつけては仕事をしたがらない人間ばかりだった。で、それは職場を変えても同じ現象にぶち当たった。そんな文句ばかりいう人々は「真面目」らしい。そんで傷を舐め合って慰め合い、頑張っている。


もはや人の繋がりが若干、共依存じみてて気持ち悪く感じるんだけれど。
やっぱり私の感覚となんか違うわ。友人とはいえ、親しき仲にも礼儀ありとはいうし、適切な距離を保ちたいんだけれど。だからこの地にいる人間で友達は一切いない。

自分一人なら特攻覚悟で貯金ぶち込んで他地方に移住も考えたいわ。


まっとうに生きるってなに

こんばんは、気になった記事があったので感想がてら。

www.tokyo-np.co.jp
こういうの、本当に怖い...

人の需要に応えられる、というのは本当に難しいと思う。最近のイラストレーターの人々の声としては、食べていけない、という恐れを抱きながらもクリエイティブ職を続けるために、センスをより先取りし、広い世代に愛されるような創作物を作り、乗り越える、と口を並べてる。でも結局は、センスや技術よりも「人脈」が重要だと思う。

私もへなちょこだけどイラストを描いている。同人誌を売るぐらいで力を入れてやっていて、やはり、本業としてイラストで食べて行きたい、という思いはあった。
占いや適性検査ではいつも結果で、「センスを生かす、芸術に携わる」という文脈がついて回ってきた。違う結果がでた記憶はさほど、ない。占い前から、なんとなく結果は分かりきっている。刷り込みといえばいいのか、自分でもそうあって欲しいのか、両方だとは思うけど、それでもイラストを本業にすることはなかった。FFも多くなく、地味にやってて、売れるものを描きたい、という気持ちが起こらなかったから。つまりそれは「人脈」作りなんてしない、なんてことを宣言しているのに等しい。

それで、正社員として働いてからは、やっぱり社会人としての適性がない、と思った。まず、自分への自信。それと他者への信頼。その両方が無く、新卒から3年目であっけなく、私の履歴書は汚いものになった。


今、イラストで食べていくべきか、すごく悩んでいる。正直、現段階ではそれしか出来ない、とも思っている。上記の話題になっている方は友人のつてで、なんとか凌いでいるらしい。やっぱり人脈は大事だな、と思った。個展を無事開催されたようで、新しい仕事に繋がって欲しいな、と思う。
そして、私はどうだろう。人脈なんて作れないように思える。そんなんで、正社員はおろか、クリエイティブ職で生きていけるわけないように思える。
そっか、人間不信って人生で詰んでいるんだな。なんか、すごく思い知った。